情深似海　（旅荘　愛のさざなみ）

情深似海（Forever Yours）

1960年。鍾啓文、宋淇、馬叔庸製作。易文脚本・監督。葛蘭、雷震、王莱主演。
「歌うスター」である葛蘭が、本格的演技に挑んだメロドラマ。
興行的にはふるわなかったが、彼女の演技への評価は高い作品。

戦後の香港映画界を代表する歌う明星・葛蘭（グレース･チャン）が、全く歌わず踊らずに演技のみで勝負した作品です。

大まかなあらすじは、下記の通り。

清涼飲料水の工場で働く余立英（葛蘭）は、ある日同僚たちと共に海水浴に出かけた先で、一人の青年と知り合います。青年の名は、沈維明（雷震）といいました。
やがて2人の交際が始まり、互いに結婚を意識するようになりますが、維明は重い肺病を患っており、主治医である金医師（李允中）は「結婚は寿命を縮めることになる」と告げ、維明は立英と別れようとします。
しかし、全てを知った立英は周囲の反対を押し切って維明と結婚、以前2人で雨宿りをした郊外の一軒家を借り受け、新生活を始めます。
やがて2人の間には男の子が生まれ、維明の病も奇跡的な回復を見せます。
ところが、親子3人には、さらに過酷な運命が待ち構えていたのでした・・・・。

電懋作品＆易文監督ということで、描き方はあくまでもソフトながら、ストーリー的にはこれでもか系の悲劇です。
夫の病も癒えて、ようやくささやかな幸せを手に入れたと思ったら、おいおいそんなオチかよ、と思ってしまいました（『過ぎ行く時の中で（阿郎的故事）』ほどじゃないけど）。

この他、「なんで重い肺病なのに入院もしないでふらふらしているのか？」だの、「家が金持ちだから（推定）、ふらふらしていても金の心配がなくていいよなあ（個人的な妬み）」だのと、細かい突っ込みどころは多いのですが、

演技だけでがんばるわ！

という葛蘭の強い意欲は、ひしひしと伝わってきました。

歌わなくても、葛蘭、十分見せますよ。
抑制の効いたナレーション（これも葛蘭が担当）も、出色でした。

でも、そんな彼女の思いとは裏腹に、本作は大してヒットしなかった模様です。
これとは全く逆の例が1958年の『金鳳凰』で、劇中、彼女は9曲（一説には10曲）の歌をうたい、ろくな演技もせずにたったの14日間で撮影を終えたのですが、映画は大ヒットしたとか。
むずかしい問題ですね。

それから、本作でもう一つ特筆すべき点に、大部分がロケーション撮影であることが挙げられます。
特に、2人の愛の巣となる郊外の一軒家は、実際に青山にある家を借り受け、そこで撮影を行ったそうです。

葛蘭（1934～。英文名：Grace。本名：張玉芳）は、前述したとおり、戦後の香港映画界が生んだ不世出の歌う明星です。
南京で生まれ上海で育った彼女は1949年に家族と共に上海に移住、1952年に映画監督・卜萬蒼が主宰する泰山演員訓練班に加入して、1953年『七姐妹』で映画デビューを果たしました。
1955年、電懋の前身である國際と契約、1957年の『曼波女郎』でその人気を不動のものにします。
その後も『空中小姐』『香車美人』（共に1959）『野〔王攵〕瑰之戀』（1960）『星星　月亮　太陽』（1961）等、電懋の看板女優としてヒット作を連発しますが、1961年には富商の高福全氏（尤敏の夫君である高福球氏の兄）と結婚、1964年、『啼笑姻縁』を最後に引退、家庭に入りました。
歌手としても香港百代（EMI）に数多くの吹込を残し、「ダイナ・ショアショー」に出演、そのアルバムが全米で発売されるなど、超一流の存在でした。
『ソウル（老娘騒）』（1986）や『風塵三侠』（1993）、『月夜の願い（新難兄難弟）』（1993）、『女とおんな』（1993）、『Hole（洞）』（1998）、そしてつい最近の『20　30　40』（2004）といった映画でも彼女の曲がフューチャーされる等、今なお愛され親しまれている大スターです。

本作は、そんな歌う大スターが演技面においても一級の才能の持ち主であったことを示す、貴重な映画であるといえましょう。（とりあえづ了）

付記：『昨夜星光』等では葛蘭の本名を「張玉〔王英〕」としていますが、正しくは「張玉芳」です。ちなみに、芸名の葛蘭は、彼女の英文名：Graceを中国語読みにしたものからとっています。
本稿は、2004年12月22日に女将のブログ「箪笥のへそくり」に掲載した文章を元に、加筆・訂正したものです。

主要参考文献：
『國泰故事』（2002年、香港電影資料館）
『國語片與時代曲』（1993年、香港市政局）
『昨夜星光　香港映画を彩るヒーローとヒロインたち』（1996年、ワイズ出版）