温柔郷(Bachelars Beware)



1960年。鍾啓文、宋淇、馬叔庸製作。易文脚本・監督。林黛、張揚、于素秋、雷震、蘇楓主演。
林黛の電懋における最後の主演作品。


林黛(りんだい。1934〜1964)が、電懋において最後に主演した作品。この映画の後、彼女はライバル会社である邵氏(ショウ・ブラザーズ)での仕事に専念、1964年に亡くなるまで幾多の名作を残しました。
本作は、許婚(林黛。役名は丁小圓)がいながら3人のガールフレンドとも同時に付き合っているプレイボーイ・張正光(張揚)をめぐって、彼の弟・次明(雷震)の協力の下、小圓がぶじ正光のハートを射止めるまでを描いたソフィスティケイテッド・コメディです。

正光を演じる張揚(1930〜)は、『野〔王攵〕瑰之戀』(1960)では酒場の歌姫(葛蘭)に惚れたばっかりに破滅への道をひた走る元音楽教師、『星星 月亮 太陽』(1961)では3人の女性(尤敏、葛蘭、葉楓)の間を行ったりきたりする優柔不断な主人公を演じており、この種のダメ男をやらせたら天下一品の男優です。
本作の正光は、周純美(林慧)、李可珍(蘇楓)、沈婉虹(于素秋)という3人の女性とのデートにうつつを抜かし、訪ねて来た小圓には知らん顔。ところが、水着ファッションショーに登場した小圓の美しい姿を見て態度豹変、結局は小圓との結婚を選ぶという、しようもない男です。
愛する正光と結婚できて小圓は幸せいっぱいですが、この二人、長持ちしないかも。ま、小圓は機知に富んだ女性ですから、あらゆる困難を乗り切りそうな気もしますが。

主演の林黛(本名・程月如。英文名・Linda)は、香港電影迷にとっては言わずもがなの大スター。
1934年12月26日、中国広西省で政界の大物・程思遠の娘として生まれ、1948年、香港に移住。
1950年、左派系の映画会社・長城に入社し、芸名を自身の英文名・Lindaからとった林黛(りんだい)とします。しかし、父が右派(国民党系)の政治家だったせいもあって長城では出番に恵まれず、1952年に永華へ移籍、翌年の『翠翠』で一躍人気女優となります。
1957年には電懋作品『金蓮花』で第4回アジア映画祭主演女優賞を受賞、その後も第5回(1958年・『貂蝉』)、第8回(1961年・『千嬌百媚』)、第9回(1962年・『不了情』)の計4回主演女優賞を射止め、「四届影后」という彼女を表現する代名詞が生まれました。
1961年、龍繩勳と結婚、63年には長男(宗瀚)を出産しますが、翌64年7月17日、睡眠薬服用による自死を遂げました。享年29歳。
香港を代表する女優の死は、日本でも報じられました。
その死後、撮影途中だった『寶蓮燈』と『藍與黒(上下)』が完成、公開されました。

ところで、正光のガールフレンドの1人で結婚寸前までいく沈婉虹を演じていた于素秋(1930〜。本名・于小圓)は、成龍(ジャッキー・チェン)や洪金寶(サモ・ハン・キンポー)の師である中国戯劇学院院長・于占元の娘です。
広東語の旧派武侠映画で主に活躍しましたが、ここではちょっぴり姉御肌の都会派女性を好演しています。
張揚とダンスを踊る場面では、自ら男性役を買って出、張揚を女性役にした珍妙なダンスを披露、すぐれたコメディセンスを発揮していました。(了)


主要参考文献・サイト:
『國泰故事』(2002年、香港電影資料館)
『昨夜星光 香港映画を彩るヒーローとヒロインたち』(1996年、ワイズ出版)
『香港映画スター '40s〜'90s』(1998年、平凡社)
林黛紀念網頁(http://come.to/lindai)




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