殺機(A Cause to Kill)




1970年。邵仁枚製作。陶秦脚本。村山三男(穆時傑)監督。賀蘭山(西本正)撮影。
凌波、關山、焦〔女交〕、高鳴主演。
村山三男監督の邵氏作品。凌波主演のサスペンス。


村山三男監督が、邵氏に招かれて撮ったサスペンス映画
1969年の『人頭馬』に続く、邵氏における第2作目にあたります。
村山監督はこの後もう1本『鬼門關』という作品を撮り、計3本の作品を邵氏に残しました。
この3本とも、賀蘭山こと西本正が撮影を担当しています。

ストーリーは、ヒッチコックの名作『ダイヤルMを廻せ!(Dial M For Murder)』(1954年)の焼き直しで、主人公3人の男女の設定を入れ替えてあります。
すなわち、レイ・ミランド(トニー)が凌波、グレース・ケリー(マーゴ)が關山、ロバート・カミングス(推理作家・マーク)が焦〔女交〕にあたり、凌波が夫である關山殺しを企み、医師である高鳴に代理殺人を依頼するというストーリーになっています。

が、登場人物の男女設定を入れ替えたという時点ですでにストーリー展開に無理ができ、また、医師に代理殺人を依頼したのであれば、「薬物を使った殺人」でも実行しそうなはずなのですが、そこは原拠に忠実に「絞殺」しようとしている点等、あちこちにほころびが見られます。
第一、殺されようとしている關山が、殺そうとしている高鳴よりも大柄なのに、どうして絞殺しようなどと思うでしょうか?
力負けするはずです(じっさい、するんですが)。
また、關山と焦〔女交〕の関係も、「現在も継続中の愛人関係」ではなく、「過去の過ち」として処理されており、当時の香港の倫理観に配慮したのでしょうが、凌波が殺人を決意するに至る理由付けとしては、やや説得力に欠けるものになってしまっていました。
ラストのあっと驚く展開も同様。

ただ、邵氏としては、作品の質もむしろ早撮りのテクニックを吸収するために村山監督を招いたようで、本作の製作ルポが掲載された『香港影畫』1969年1月号には、「25日間の撮影で完成予定」と、製作日数の短さが殊更に強調されていました。
西本正の『香港への道』にも、

井上梅ちゃんの作品は中抜きの撮影じゃない。ところが、村山さんは本当の中抜きをやった。渡邊邦男監督以上ですね。これはびっくりしちゃいましたよ。もうパーッと同じライティングで次から次に撮っちゃう。三ヵ月で三本ですよ(笑)。一九六九年の『人頭馬』、一九七〇年の『鬼門關』『殺機』の三本です。

とあり、「三ヵ月で三本」を撮影という、当時の香港映画の常識では考えられない離れ業をやってのけたことが、このことからわかります。
つまり、中抜き撮影の技術を香港映画界に伝えたという点において、村山監督の功績は非常に大きかったのだといえましょう。

ところでこの作品、脚本を邵氏の名監督だった陶秦(1915〜69)が執筆していますので、当初は陶秦監督自身がメガホンをとるはずだった可能性があります。
しかし、陶秦はこの頃病(胃癌)に倒れて、1969年5月に亡くなっているところからみると、ピンチヒッターとして村山監督が起用されたのかもしれません。
が、いかんせん、脚本に難がありすぎました。

わたくしとしては、この作品よりもエログロ色の強そうな『人頭馬』の方が(その出来栄えに)期待できるのですが、なるべく近いうちにデジタル化して欲しいものだと思います。(とりあえづ了)



主要参考文献:
『邵氏電影初探』(2003年、香港電影資料館)。
『季刊 リュミエール』(1987年、筑摩書房)
『香港への道 中川信夫からブルース・リーへ』(2004年、筑摩書房)。
『香港影畫』1969年1月号(1969年、香港影畫出版社)





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